本文へジャンプ

湯川村

文字サイズ

 

背景色

現在位置:HOMEの中の教育・文化の中の史跡・文化財

一言アンケート

このページの情報は役に立ちましたか?



 

史跡・文化財

勝常寺

 勝常寺は807年、伝教大師(最澄)の論敵として有名な法相宗の硯学徳一上人によって開かれた東北を代表する古刹です。創建当初の寺院名は詳らかではないが中世以後勝常寺としている。創立された当時は七堂伽藍が備わり、多くの附属屋、十二の坊舎、百余ヵ寺の子院を有する一大寺院であったと伝えられています。
 現在残されている建物は元講堂(薬師堂)、本坊(客殿)、庫裏、中門等で仏像も三十余躯あります。

画像 薬師如来坐像
薬師如来坐像


<勝常寺拝観>  地図
 期間:4月1日~11月15日
 時間:午前9時~午後4時

拝観については、直接勝常寺へお問い合わせください。
電話 0241-27-4566


【代表的な仏像】
国宝薬師如来坐像平成08/06/27国宝指定
国宝月光菩薩立像平成08/06/27国宝指定
国宝日光菩薩立像平成08/06/27国宝指定
国重文聖観音菩薩立像昭和02/04/25国指定
国重文十一面観音菩薩立像明治36/04/15国指定
国重文虚空蔵菩薩立像昭和04/04/06国指定
国重文地蔵菩薩立像
(延命地蔵尊)
昭和02/04/25国指定
国重文地蔵菩薩立像
(雨降り地蔵尊)
昭和04/04/06国指定
国重文四天王像昭和02/04/25国指定
国重文薬師堂
(通称会津中央薬師堂)
明治36/04/15国指定




北田城跡(湯川村指定史跡)

 本城跡は、北田集落の北方約1キロメートル、日橋川と湯川との合流点の南西一帯の河原より5メートル高い河岸段丘上にある平城です。
 当時城は佐原次郎広盛が1193年に築いて居住し、北田氏と称しました。その子孫が216年間代々ここに住して勢威を振るいましたが、1409年6月3日、六代目上総介政泰に至り、葦名修理大夫盛政に攻め滅ぼされました。

地図


画像 北田城跡写真画像 北田城推定復元図
北田城推定復元図


 

浜崎城跡(湯川村指定史跡)

 本城跡は、中世から近世にかけて会津盆地のほぼ中央、米沢街道の要衡でありました浜崎村に築城されました。現在、城跡は村の東側にあり北を日橋川が西流して会津北部を押さえる位置にあり重要拠点でもありました。

地図




画像 浜崎城跡画像 浜崎城絵図
浜崎城絵図


湯川村文化財一覧表

お問い合わせ先
  • 湯川村教育委員会 社会教育係 電話0241-27-8880(ユースピア)