地方稀にみる古像で、像高141.8cmケヤキの大材から彫り出してから前後に二つに割り内ぐりをして、剥ぎ合わせている。造形よくととのい刀法もまた整備したもので、奈良朝の作風をのこした平安初期の作とみられる。 面相の森厳、体躯堂々その形は極めてすぐれたものである。 なお光背は欠損があるが当初のもので天平時代に流行した宝相華葡萄唐草を浮き彫りし、飛天を配した見事な作である。薬師堂の本尊であって室町初期の大堂宇とともに、天下に冠たるものがある。
本尊薬師如来の脇侍である。ケヤキの一木彫で天平時代の乾漆の手法を用い、両像とも顔容体躯が豊満で、普通の弘仁仏にみる背低くの感じがなく、すらりとのびた天平様式を多分にもった端麗な容姿で中尊の作風に似ている。蓮台の文様も天平様式である。寺伝では、日光・月光両菩薩が逆で、明治36年国指定の時に現在の名称に変えられたものである。