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湯川村の紹介

湯川村の紹介

 湯川村は,会津のへそとも言われるように会津盆地の中心に位置しており、東に秀峰・会津磐梯山を仰ぎ,西に春日八郎の故郷会津坂下町、南は白虎隊で有名な会津若松市、北にラーメンで有名な喜多方市にそれぞれ接している交通の要所であります。 
 村の人口は約3,200人,世帯数は約950世帯です。また,村の面積は16.37平方Kmで福島県内で一番小さい自治体であり、よそ見をしているとあっという間に通り過ぎてしまうため、来村される方はくれぐれもご注意を!
 なお、標高は約180mで山が無い村であることも特徴となっております。

 春には,雪の間から「ふきのとう」や「つくし」が顔を出し,桜や梅の花が咲き,5月になると一斉に田植えが行われ村は緑の絨毯となります。
 夏は,アスパラ・トマト・きゅうり・なす・スイカ・桃など,野菜や果物が豊富で,隣の猪苗代湖ではマリンスポーツや湖水浴が楽しめます。
 秋は,黄金色に染まった稲の取り入れが行われます。コシヒカリをはじめとした湯川村の米は,日本一の食味を有しており,ぜひ一度ご賞味ください。また、米の反あたりの収穫量は県内一を誇っています。
 冬は,雪が降りますが,年々少なくなっています。近くには多くのスキー場がありウィンタースポーツには最適です。

 村の文化のシンボル的存在である「勝常寺」は,大同2年(807年)法相宗の碩学徳一上人によって開かれた東北を代表する古刹です。平成8年には,木造薬師如来と両脇侍像が国宝の指定を受けました。
 また,国の重要文化財に指定を受けているものに,元講堂(通称 会津中央薬師堂)と仏像9躯があり,平安初期の仏像が一箇所にこれだけ多く保存されているのは我が国でも珍しいことだそうです。


湯川村から見た
春の磐梯山
菜の花畑勝常寺 国宝
月光菩薩
薬師如来
日光菩薩


湯川村の沿革

 中世以来、佐原・芦名・蒲生・上杉・加藤氏の封城下でありましたが、寛永末期に保科氏の領土となり、幕末頃、旧笈川、勝常の両村と旧堂島村の一部を合わせて笈川組と称し、塩川代官所の支配に属した。廃藩以後明治6年に郡区の改正により、若松県直轄の下笈川村と勝常村に分かれて一区をなしました。さらに数戸の戸長役場に分離した同12年郡制が布かれ、両村は河沼郡役所に属し同16年4月、笈川村外11ヶ村戸長役場と改められ、大字笈川字舘14番地(旧庁舎の位置)に戸長役場を置きました。そして、各集落より議員を選出するとともに戸長、用掛などの吏員を置き事務を執り、諸般の行政を行いました。明治22年の町村制実施により、湯川を境として笈川村と勝常村とに分かれ行政を進めてきましたが、昭和32年3月31日町村合併促進法に従って再び合併することとなり、今までの境を流れていた湯川の名にちなんで湯川村と命名し、現在に至っております。



米と文化の里

 湯川村は,勝常寺を代表とする歴史的遺産と美しい田園環境に恵まれた美しい村です。会津盆地のほぼ中央に位置し,水田が広がり,四季折々に美しい景観を見せてくれます。
 村の基幹産業である農業は,水稲を中心に野菜(夏秋トマト,キュウリ,グリーンアスパラガス,ネギ),畜産(肉用牛),花卉(二輪菊,アルストロメリヤ)等を組み合わせた複合経営により営まれています。
 村では,阿賀川や日橋川の「水辺」や「勝常寺」を拠点に,「サイクリングロード」や「桜づつみ」を整備し,自然と文化と農業のネットワーク化により,自然にふれ,文化を学習し,農業を楽しむ新しい形を展開し,村の振興を図ります。




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